パシフィックコンサルタンツ株式会社
事業創造本部VEセンター長 CVS 横田尚哉氏
半世紀の歴史を持つ建設コンサルタント会社、パシフィックコンサルタンツは、公共事業の世界でいち早くVEを導入。現在では社員約1322人のうちおよそ3分の1近くがVEリーダー資格者となり、公共事業における設計VEの研究、普及に努めている。VE導入の動機や成果、人材観などについて、同社事業創造本部VEセンター長・CVSの横田尚哉氏に話を伺った。
パシフィックコンサルタンツがVEを導入したきっかけについて教えてください。
戦後、公共事業は、経済成長と人口増加を背景に、増加の一途でした。しかし、1997年に政府の政策の大転換があり、公共事業の減少とコスト削減が打ち出されました。その方針の中で建設省は、「公共事業のコスト削減において設計VEは有効な手段である」と述べていました。この1997年をターニングポイントとして、当社はVEを取り入れ始めました。
VEには、それまでの公共事業が忘れ去っていた考え方があり、公共事業にこそVEが必要だと感じました。しかし、当時、製造業や建築業のVEは形になりつつありましたが、日本の公共事業にマッチしたVEはありませんでした。
アメリカでは公共事業のVEが既に一般的だと知り、社員を派遣して本場のVEを研究しました。さらに、アメリカのVEを日本の公共事業に合うように改変するなど独自の研究を続けました。
その間も日本のコスト削減は進んでいましたが、2002年頃になると限界が見
えてきました。もう削るところがなくなったのです。「今こそVEを使って、これまでのやり方では破れない壁を破る時だ」と、当社は研究の成果を世に広めるべく、事業の中でのVEの本格的な活用を開始しました。当時は、公共事業の発注者で設計VEを重視している方は少数でしたが、今では都道府県のざっと半分くらいにまで普及していると感じています。
資料
VEを導入して、会社としてはどのような効果を感じていますか。
VEには2つの効果があります。一つは、VE的な仕事の段取りができるようになることによるテクニカルな効果。もう一つは、VEの考え方が身につくことによる効果で、この効果は非常に大きいと感じています。
「何のために」「誰のために」を考える「機能本位の原則」「使用者優先の原則」などのVE5原則は、公共事業に携わる者として常に意識しておかなくてはいけません。VEの考え方が身につくと、VEに関係のない仕事や会議の場面でも、「そもそもそれは何のためにやる?」「誰のためになるの?」という意見が飛び交います。「何のため」「誰のため」が曖昧な場合は、「では根本から考え直そう」と、その場で改善が進みます。
コンサルタント業である当社は、お客様の事業をVEで改善することが当初の
目的でしたが、このように、VEは社内の改善にも成果を出しています。それぞれの現場の社員が、誰に言われるわけでもなく自主的に、「VEでこういう改善をしてみたいのだが、手伝ってくれないか」と私達VEセンターに問い合わせをしてくるようにもなりました。そこで出た実績を見て、ほかの部署が「うちもやってみよう」という具合に、全社的にVE改善の和が広まっています。
資料
VEリーダーの養成では、どのような取り組みをしていますか。
VEは社員の必須スキルと位置づけ、全社員にVEリーダー試験を受けてもらう制度をつくっています。1回に限り受験料を会社が負担し、毎年50~60人ずつVEリーダーを増やしています。現在では、全社員1322人のうち、累計で2分の1が受験し、約400人が合格しています。つまり全社員の3分の1近くはVEリーダー資格者ということになります。
社員がVEリーダー資格を持つ意味は非常に大きいと感じています。有資格者にはVEの考え方が深くしみこんでいます。2、3時間の研修を受けるだけでは、知識やテクニックを知ることはできても、VEの考え方を理解して、身につけることはできません。考え方を身につけるためには、最低でも2日間の研修を受けてもらって、体と頭を使ってケースに取り組み、VEを体験してもらう必要があります。
さらにVEリーダー試験のための勉強です。当社では研修とVEリーダー受験をワンセットで捉えています。試験勉強をする中で、VEの考え方がしっかりとインプットされていきます。そしてVEリーダー試験を受けることで、ようやく各人の体と頭の中で“VEが完成する”、つまり“その人のものになる”のです。ですから、研修を受けるだけでは足りないのです。試験に向かって勉強をして、試験を受けることによって、初めて研修の効果が表れてくるのだと、当社では考えています。VEリーダー試験の受験料を会社が負担しているのも、「試験を受けてこそ効果が表れる」という確信があるからです。「効果が表れる」とどうなるかと言いますと、VE中心のプロジェクトで成果を出せるようになるだけでなく、日常業務の改善やお客様との関係改善などにも明らかに変化が出てきます。
資料
VE研修に対する考えや取り組みについて聞かせてください。
全社員に年2回のVE研修を受けてもらっています。この研修は各地で開催していますから、年5~6回、VE研修を受ける社員もいます。さらに任意参加の研修を定期的に開いたり、「資格を取って終わり」にならないように、有資格者の再教育研修をして、忘れたりや勘違いしていたところがないか、確認してもらっています。
また、VEの最新事例やテクニックなど、世の中の動きをEメールで配信するといった情報提供や、社内でVE大会を年1回開き、優れたVE活動を発表して、全社で共有するなどの取り組みもしています。このように多面的なフォローをすることで、いつでもすぐにVEを使える環境をつくっています。
3年前からは、新入社員研修にもVE研修を組み込んで、配属先にかかわらず全新入社員に2日間のVE基礎研修を受けてもらっています。VE研修ではコストの話が出てきますから、「新入社員にコストやVEと言っても難しいのでは?」という声を社外の方からいただくこともあります。もちろん、新入社員に対して、いきなり会社の製品を例に出して、「コストを下げるにはどうしたらいいか」という内容で研修をして、アウトプットまでを期待するなら、それは無理でしょう。要は、テーマ設定なのだと思います。VEの考え方は設計に限らず事務でも営業でも使えますので、受講者の年代や職種に合わせてテーマを設定すれば、新入社員にも難しいわけではありません。当社の新入社員向けVE研修は、入門としてVEのテクニックと考え方を知ってもらうことが大事だ、という考えで行っています。
VE研修は、VEスキルを身につけてもらうことだけが目的ではありません。VEの考え方を身につけることで、社員の意識改革ができたり、自主自立型の人材が育つという効果もあります。また、VE研修を通じての技術の継承もあるでしょう。団塊世代の退職が始まっていますが、VE研修やVE活動を通して、熟練技術者が若手に技術を伝えていくということも可能だと思います。
このように、組織内にVEリーダーが増えることで、コスト低減や改善に限らず、様々な効果が派生していきますので、官民問わず、研修と資格取得によるVEリーダーの養成を強くお薦めします。
資料
公共事業の発注者である役所で、VEリーダー資格を取る方が増えています。その意義をどうお考えですか。
役所の方々は、「自分達のために仕事をしているわけではない」という点が民間企業と異なります。民間企業の方々は、自社の収益のために自分達のための活動をしているわけですが、役所の方々は収益を上げることも自分達のための活動も目的ではありません。役所の仕事は、すべて国民、都道府県民のための奉仕的活動です。そういう方々だからこそ、VEの使用者優先の原則、機能本位の原則などがいっそう重要になります。VEを通して、「国民のために、都道府県民のために」という考え方が役所に根付くことは、非常に大きい意味を持ちます。公共事業にかかわる役所の方々全員がVEリーダー資格を取得するくらいまで、VEが普及すればいいと思います。
資料
パシフィックコンサルタンツは今後、VEを活用してどのような目標をお持ちですか。
設計者はエンドユーザーをいちばん大切に考えなくてはいけません。戦後復興=公共事業だった時代の設計は、計算して図面を書いて……という単純なものでしたが、技術が複雑になるにしたがって、ハイレベルな技術的判断やマネジメントが発注者にも設計者にも求められるようになりました。これからの公共事業を考えると、ただ与えられた仕事をやるだけでは、当社は社会的存在意義を果たすことはできません。コンサルタントとしてお客様のための仕事をするだけではなく、お客様(役所)の向こうにいるエンドユーザー(国民、都道府県民)のことを考えて、地域づくり、国土づくりをしていくことが求められます。
当社は直接のお客様の向こうにある「社会的満足」を最上位事項として掲げています。社会的満足のためには、VEの機能本位の原則や使用者優先の原則をしっかりと踏まえて仕事をしていく必要があります。現在、公共事業には、税金の無駄遣いといった負のイメージがありますが、発注者と施工者がVEを最大限に活用することで、公共事業を国民、都道府県民に本当に喜んでもらえるものにできると考えています。日本のすべての公共事業を「いいものを造ってくれた」と喜んでいただけるものにすることが、当社が、そして私が描いている夢です。
資料
ご自身の体験としては、VEを学んでどのような変化がありましたか。
私は設計技術者として橋梁の設計をしてきましたが、設計技術を究めれば究めるほど、モヤモヤとした気持ちが大きくなっていきました。その曇りをとってくれたのがVEでした。VEでなぜ霧が晴れたかというと、「この仕事は何のための、誰のためのものなんだろう」というモヤモヤへの答えが、VEを通して見えてきたからです。これが、私にとってのVEの最大の魅力です。
VEを知ってからは、VEを使って片っ端からいろんな業務をやってみたいという衝動に駆られるようになりました。今では、見るもの聞くものすべてが機能で見えてきます。そうなると、それまで見えていなかったものが見えてきます。網膜に映るものを見る、鼓膜を振動させるものを聞くだけではなくて、感じるものが出てきます。感性が生まれてくるのです。その感性を通して、改善点や、今の時代の背景や、これからの時代の方向などまで見えてきます。VEと出会って10年になりますが、VEで思考が鍛えられ、生活も仕事も楽しくて仕方がありません。
資料
これからVEリーダーを目指す人へのアドバイスをお願いします。
資格を取ることは一つのゴールにすぎません。VEリーダーを目指す意義は、試験勉強の中で身につくものにあります。
多くの人の頭の中は、How toで一杯になってしまっていると思います。「いかにして点を取るか」「いかにして合格するか」「いかにして処理するか」という思考が習慣化しています。そこに欠けているのは、Whyの目的思考です。「どうして勉強するのか」「どうして試験を受けるのか」「なぜ合格したいのか」「なぜVEを使うのか」。How toの手段思考とWhyの目的思考の両方をバランスよく身につけることで、どんな業界であろうと光る存在になれると思います。VEリーダーの試験勉強は、Whyの目的思考を自分の中に呼び覚まし、身につけていくプロセスです。
VEリーダー試験に合格したあかつきには、何をする時も、目的思考と手段思考の両方を働かせながら事に当たれるようになるでしょう。VEリーダー受験は、人生の大きな財産になります。大げさに言えば、人生を変えるくらいの宝物になります。そのご褒美に期待しながら、試験への挑戦を楽しんでもらいたいと思います。